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  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2022年12月31日

 久しぶりにこのコーナーに記事を書いています。前回は8月でしたから半年近くも空けたことになる。おまえの秋はどこに行ったのか、名前だけに秋が残ってると言われても仕方ないのです。今年の反省として、息切れして続けられなかったことがあげられます。特に後半はへたることが多かった。一度、地面に尻をついてしまうと、なかなか起き上がれないのと同じです。それでもホームページは、役員であるT兄の労によって更新され続けました。礼拝メッセージのダイジェスト、トップ画面の写真、アルバム、聖書の舞台はT兄によるものです。私が定期的に更新したのは聖書の小窓だけでした。T兄には本当に感謝しています。

 一週間の中で昼と夜が逆転する生活が始まって10年近く。体調のバランスをとるのに以前より時間がかかるようになりました。それでも、そんなことは言い訳にならないし、やり方次第だと思っています。昔から短距離走よりも長距離走の方が得意でした。それなのに、短距離走のようなことばかりした一年でした。若いときでも無謀なことを、古希になって続けているのですから途中でへたるのは当たり前。でも来年は、最初に戦略を練ろうかと思った次第です。箱根駅伝とまでは行かなくても、長距離には長距離の走り方があるだろうと。矛盾するようですが、幸い体力だけは落ちていません。温水プールで2キロ泳げるし、懸垂だって繰り返しできる。いや来る年には、そんなことより霊的な鍛錬に打ち込みたいと考えています。これもバランス次第ですが。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2022年8月6日

 30年程前のこと、私は、Oさんという統一教会の信者の脱会のため、その親族の方々と一緒に取り組んでいました。その頃は、今と同じように被害のことが連日マスコミで取り上げられていました。どのカルトも最初は優し気で、親切に悩みを聞いてくれます。Oさんというその娘さんは、地方から都会に出で来て孤独であったときに、統一教会の勧誘を受けたのでした。家族がその異変に気が付いたのは、帰省して家族と交わったときだったということです。以前とは表情が変わり、会話が成り立たなくなっていたのでした。

 救出のためには準備と計画が必要です。そのとき、Oさんの御家族が支払った犠牲は大変なものがありました。私を含め救出のために働く人はボランティアですから、そのための報酬を家族が用意する必要はありません。でもその準備のために、家族は時間をかけた学びが不可欠です。また実際に救出するためには、家族が一致してカルトから守らなければなりません。Oさんのお父さんとお兄さんは仕事をやめなければなりませんでした。準備に1年、救出に3ケ月を要しました。そして何とか脱会に成功して、しばらくリハビリをすることになりました。そんなある日、Oさんは突然に姿が見えなくなりました。後でわかったことは、統一教会の指示で北朝鮮に渡り、田舎の見知らぬ男性と結婚させられたのです。その日以来、Oさんは連絡がつかず、未だに日本に帰ってきたという話を聞いたことがありません。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2022年6月18日

 6月の第三日曜日は父の日です。その発端は1900年代初めに、アメリカのソノラ・スマート・ドットという夫人が、亡き父に感謝と尊敬を表したいと思ったことでした。

 ワシントン州スポーケンに住んでいたドット夫人は、南北戦争で英雄として知られたウィリアム・J・スマート軍曹の末娘でした。戦争が終わってやっとのことでウィリアム軍曹が帰還したとき、妻はそれまでの心労がもとで病に倒れ、間もなく天に召されてしまいます。そこでウィリアムは、苦労しながら残された6人の子供を立派に育てあげたのでした。

 ドット夫人にとって父は「英雄」であること以上に「家庭人」であったに違いありません。そうした父の姿をみていた彼女であればこそ「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだという思いをもったことはうなずけます。

 1907年、彼女は当地の牧師協会に父の日制定の嘆願書を提出しました。これが7年後、1916年に公に承知されることになり、1972年にはアメリカにおける国民の祝日とされるようになりました。

 親子の関係は愛と信頼の上に成り立ち、従うことによって実践されるものです。聖書に「主にあって両親に従いなさい。」(エペソ6:1)と言われるのは、主との関係から生じる愛と秩序が親子関係において生かされるためです。

 親に反発しながら神への信仰を持ち続けることは難しく、どこかに歪みが生じてしまいます。親への従順な姿勢こそが、神への信仰を具体化していくことになるからです。

 親からすれば、力によって子どもを支配したら家族の関係は崩れてしまう。ここにおいても「主にあって」という原則が守られなければならない。父の日がそうした親子の関係を問い直す日となれば幸いですね。

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