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父の日

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2022年6月18日
  • 読了時間: 2分

 6月の第三日曜日は父の日です。その発端は1900年代初めに、アメリカのソノラ・スマート・ドットという夫人が、亡き父に感謝と尊敬を表したいと思ったことでした。

 ワシントン州スポーケンに住んでいたドット夫人は、南北戦争で英雄として知られたウィリアム・J・スマート軍曹の末娘でした。戦争が終わってやっとのことでウィリアム軍曹が帰還したとき、妻はそれまでの心労がもとで病に倒れ、間もなく天に召されてしまいます。そこでウィリアムは、苦労しながら残された6人の子供を立派に育てあげたのでした。

 ドット夫人にとって父は「英雄」であること以上に「家庭人」であったに違いありません。そうした父の姿をみていた彼女であればこそ「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだという思いをもったことはうなずけます。

 1907年、彼女は当地の牧師協会に父の日制定の嘆願書を提出しました。これが7年後、1916年に公に承知されることになり、1972年にはアメリカにおける国民の祝日とされるようになりました。

 親子の関係は愛と信頼の上に成り立ち、従うことによって実践されるものです。聖書に「主にあって両親に従いなさい。」(エペソ6:1)と言われるのは、主との関係から生じる愛と秩序が親子関係において生かされるためです。

 親に反発しながら神への信仰を持ち続けることは難しく、どこかに歪みが生じてしまいます。親への従順な姿勢こそが、神への信仰を具体化していくことになるからです。

 親からすれば、力によって子どもを支配したら家族の関係は崩れてしまう。ここにおいても「主にあって」という原則が守られなければならない。父の日がそうした親子の関係を問い直す日となれば幸いですね。

 
 
 

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